Exhibition

2021―

ジェットストリーム論法

2020―

社会保険とスフィンクス

フル・フロンタル 裸のサーキュレイター

じねんのいのち

2019―

暗黙知の技術

2018―2017

たとえばここに飾るとして

京芸transmit program2021

京都市立芸術大学卒業・大学院修了3年以内の若手作家の中から、@KCUAが注目するアーティストを紹介するプロジェクト。
2021年は、岡本秀、大槻拓矢、北浦雄大、その3名によるバンド「棒立ち」が選出された。

​会場:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA

会期:2021年4月17日(土)–2021年6月6日(日)

作家:大槻拓矢、岡本秀、北浦雄大、棒立ち

 

撮影:片山達貴

​展示物リスト

①入り口の襖絵作品

〈まだうまく語れないのでここにはいない〉

Unreferencial Things( “They do not exist here yet because we can`t talk well about them so far.”)

名塩雁皮紙、壁紙シート、中国墨、顔料、膠

Najio thin paper, wallpaper sheet, Chinese ink, pigment, glue

1940×4350×600(枠込み)mm

/2021

②稼働壁の襖絵作品

〈複数の真理とその二次的な利用〉

Plural Truths and Their Secondary Use

紙本着色、額に写真をマウント

Color on paper, photo mounted on a frame

1800x3540x35mm

2020

①②制作協力:山中表具店 

③マンガ・テキスト作品

〈代理する広場〉

Representation’s Square

マンガ、図面、箱に描かれた絵画作品、方位磁石

Manga,map,picture work painted box,compass

サイズ可変/2021

▶︎箱の絵のキャプション情報

垂直プリントC-2〈置いている〉

Vertical Flatbed C-2 put

桐板、壁紙シート、顔料

Paulownia board,wallpaper sheet,pigment

2018

④目のアニメーション(画像)

〈存在の彼方でわたしたち2日目の肉じゃがに似ていて〉

Super Nikujaga Vibes

素材:HUAWEI P20 Lite、制作ソフトCLIP STUDIO

149×71×7.4mm

/2021

写真:来田 猛 提供:京都市立芸術大学

清須市はるひ絵画トリエンナーレ
アーティストシリーズ Vol. 90 岡本秀展

「位置につく死体、幽霊の支度」

​会場:清須市はるひ美術館(愛知)

会期:2019年12月17日(火)ー2020年1月13日(月・祝)

はるひ美術館展示風景3.jpg
 
はるひ美術館展示風景1
はるひ美術館展示風景1

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はるひ美術館展示風景2
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はるひ美術館展示風景4
はるひ美術館展示風景4

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はるひ美術館展示風景1
はるひ美術館展示風景1

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撮影:MIMIC(熊野陽平)

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
2019年度学内申請展 岡本秀展

次元のえんそく
(メタ-ピクニック)

日本絵画の技材を用い、おもに画中画や額縁といった、異なる次元を行き来するモチーフを扱うことにより、再現と模倣と表現のあいだで、これから目指すことのできる新しい視覚表現の方向性を検討した。

​会場:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA(京都)

会期:2019年11月9日(土)–2019年11月24日(日)

次元のえんそく展示風景1.jpg

写真:大島拓也 提供:京都市立芸術大学

 

撮影:片山達貴

 

>ひそひそ彫刻のむくい

  Sculpture as a blind rumor with his redemption

会話で、うわさ話になっている⼈は、そのとき”もの”になっている。

ある場合には、その場にその⼈がいればどう思うかということを軽視してようやくその⼈の話ができる。

 

⽩⼈のペインターが、悲劇の⿊⼈⻘年を絵画で表象して搾取だと批判されることは、間を埋めるために他者の印象を遊ぶこととどれくらい違うのだろう。他者はだれによって表象可能かという問題がなにげない会話において問題化しないのはなぜなのだろう。

 

たとえばあるうわさを聞いて、その⼈に会うと全く違うものに⾒えることがある。

 

うわさによって彫刻された”もの”としての他者と、”その⼈⾃⾝”が⼊り交じった「印象」に実際に直⾯した時我々はある種のとまどいを覚える。まあしかし、実際はそれも少しの間だけのことで、そんな⼀⾯もあるだろうと、”もの”としての印象もだんだん”その⼈⾃⾝になっていく。

 

それはただの違和感であって、考えてみると⼤したことではないかもしれない。

 

だが本当にそうだろうか。

 

⼀過性の速度のうちに埋没していく感情や修正され続ける秩序は、あらゆる”何気なさ”をなんでもないことにしていく。

本展では、この何気なさについて、ほんの少しこだわって考えてみたい。

 

>Anti Aging

HIKONE STUDENT ART AWARD 2017